死への考え方

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こんにちは!

書くことが思いつかなかったので自分の考えを書こうかなと。

私たちはいつか死にます。

死が「逃れられない恐怖」などと度々例えられるのを見かけます。

そこで、僕は思いました。

なぜ「死」に対して恐怖心が沸くのか。

ある漫画から抜粋したものなんですが、「誰も死を味わってないのに、誰もが最大の悪であるかのように決めつける」という言葉があります。

これに対して僕はその通りだと思いました。

だって不思議じゃないですか? 誰も「死」の先を知らないのに、恐怖心が沸いてきます。

死んだ先には、幸せな世界が待ってるのかもしれないのに。

ですが、残酷な死を目の当りにしたら恐怖心が沸くのは当たり前だと思います。それはそうですよね。

「ここまで考えたんだからせっかくだしもっと考えてみよう」と、今日僕は思いました。

その結果、「知らないのに恐怖心が沸いてくる」ではなく、「わからないから恐怖心が沸いてくる」という考えに至りました。

テストの結果が全く予想できない、この大事な試合の結末はどうなるのだろうか。こういうのに対しては不安が沸きますよね。

人間は結果がわからないことに対して、不安や恐怖心を抱きます。

だから、その先がわからない「死」に対して恐怖心を抱く。

でも、この「わからない」いうのを利用できるとも考えました。

「わからない」なら「創造してしまえばいい」

「死」の先なんてこれから解明されるとしても、そんなのはものすごい先でしょう。

「わからない」分、創造するのは自由で無限大です。

迫りくる死にいつまでも恐怖心を抱くなら、自分でいい風に創造してしまったほうが楽ですよね。

「死」に対して考えていき、こんな風に「死」への考え方をしたらいいと思いました。

なんか、、、、スッキリしました(笑)

考えを書くのって楽しいんですねー(笑)

「死」への極端な恐怖心が少しでも軽くなったのなら幸いです。

読んでいただきありがとうございました!

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